近年、リラクゼーションやストレス緩和の効果で注目を集めているCBD。日本をはじめ、世界中でその可能性に関心が高まっています。
そんなCBDについて、「ADHDの症状緩和にも効果があるのでは?」という声を耳にする機会があります。
本記事では、薬剤師である私が、「CBDはADHDに本当に効果があるのか?」という疑問に対し、エビデンスをもとに詳しく解説します。
CBDとは?

CBD(カンナビジオール)は、大麻草の種子や成熟した茎から抽出されるカンナビノイドの一種です。
「大麻由来の成分」のため、不安を感じる方もいるかもしれませんが、CBDには依存性や精神活性作用(ハイになるような作用)はありません。
その安全性は世界的にも認められており、WHO(世界保健機関)も、CBDは安全性の高い成分であると評価しています。
これまでの研究では、CBDに以下のような効果が期待されています。
- 睡眠の質の改善
- 鎮痛作用
- 抗炎症作用
- 抗不安作用
- 抗てんかん作用 など
海外では、これらの効果を活かして医薬品としてCBDを使用する事例もあります。
近年は世界中でCBDの研究が進み、健康や美容など様々な分野での活用が期待されています。
ADHDとは?
ADHDとは、注意が散漫になりやすい、不注意や多動性、衝動性などの症状が見られる発達障害の1つです。
ここでは、ADHDとはどういった発達障害なのかを「症状」や「メカニズム」・「治療法」などの観点から詳しくご説明したいと思います。
ADHDの症状
ADHDの症状は人それぞれ異なり、年齢によっても現れ方が変化しますが、大きく分けて、以下の3つのタイプに分類されます。
- 不注意優勢型
物をよく忘れる、細かいミスが多い、話を聞いていないように見えるなど、不注意の傾向が強く見られるタイプ。集中力を持続させることが難しく、日常生活や学業・仕事での支障が目立つ。
- 多動性・衝動性優勢型
落ち着きがなくじっとしていられない、順番を待てない、思いついたことをすぐに口にしてしまうなど、多動性や衝動性が強く見られるタイプ。特に子どもに多く見られる傾向がある。
- 混合型
不注意と多動性・衝動性の両方の特徴が見られるタイプ。最も一般的なタイプとも言われている。
子どもの頃は、多動性や衝動性の症状が目立ちやすいものの、成長とともにこれらは次第に落ち着いていくことが多くあります。
ただ、成長する中で不注意の症状が目立つようになることもあり、大人になってからADHDに気づくケースも少なくありません。
このようなADHDの症状は、しばしば「だらしない」・「真剣さが足りない」と誤解されることがあり、周囲の理解を得られず、自信を失ったり、うつ状態や反抗的な行動につながる場合もあります。
ADHDのメカニズム

ADHDのメカニズムは、まだ完全には解明されていませんが、現在の研究では、先天的な脳の機能的な障害であると考えられています。
症状の背景の1つとして、脳内の神経伝達物質であるドーパミンとノルアドレナリンの働きが弱いことが関係しているとされています。
ドーパミンは「今、自分が何をすべきか」を判断するために重要な役割を担っています。この働きが低下すると、必要なときに集中できなかったり、状況に応じた行動がとれなかったりすることがあります。
一方、ノルアドレナリンは、衝動を抑えたり、計画的に行動したりする力に関係しています。この働きが弱いと、思いついたことをすぐに行動に移してしまったり、物事の優先順位をつけるのが難しくなったりします。
このように、ADHDの症状は脳内の神経伝達物質の働きによる、生まれつきの特性です。本人の努力や性格の問題ではないことを、正しく理解することが大切です。
ADHDの治療法
ADHDの治療では、薬物療法と認知行動療法が主に用いられます。
薬物療法では、コンサータ®(メチルフェニデート)やストラテラ®(アトモキセチン)、ビバンセ®(リスデキサンフェタミン)、インチュニブ®(グアンファシン)などの薬剤が処方され、注意力の改善や多動・衝動性の抑制が行われます。
一方、認知行動療法では、時間管理や問題解決、感情コントロールの技術を身につける支援が行われ、日常生活での困難への対処力を高めます。
これらを組み合わせることで、より効果的な治療が可能になります。
CBDはADHDに効果がある?
ここでは、「CBDはADHDに効果があるのか」ということを解説したいと思います。
効果があるかは明らかになっていない

CBDがADHDの症状を緩和する可能性があるとして注目を集めていますが、現時点ではその有効性を裏付ける科学的な証拠は見つかっていません。
なぜなら、多くの既存研究ではCBD単体ではなく、他のカンナビノイドを含む大麻製品、もしくは大麻自体を使用しているため、CBDそのものの効果を正確に評価することが困難だからです。
例えば、現在唯一公開されている臨床試験でも、「サティベックス(Sativex)」というTHCとCBDが1:1の割合で含まれる大麻製品が使用されています。
また、CBDがADHDに対して効果があるか明らかになっていない理由の1つとして、サンプル数が少なく、質の高いエビデンスが不足していることも関係しています。
CBDがADHDと関連していると考えられている背景
現段階では研究が十分とは言えないにもかかわらず、CBDがADHDと関連していると考えられているのはなぜなのでしょうか。
ここでは、CBDがADHDと関連していると考えられている背景をご説明したいと思います。
CBD利用者の体験談
1つ目の背景は、CBDを使用した人々の間で、「ADHDの症状が和らいだ」と感じたという声が広がっていることです。
これはあくまで個人の体験談やインターネット上での発信に過ぎませんが、CBDとADHDの関連が注目されるきっかけの1つとなっています。
実際に、X(旧Twitter)では、ADHD患者の「頭の中で音楽が止まらない」といった症状が、CBDの摂取によってやや和らいだとする投稿も見られます。
ただ、このような体験談は話題性を持ちますが、科学的な裏付けがあるわけではありません。
そのため、少なくとも現時点では、CBDをADHDの治療手段として自己判断で使用することは推奨できません。
CBDの神経伝達物質に対する作用

CBDがADHDと関連づけられるもう1つの背景は、神経伝達物質への間接的な作用です。
CBDには、体内のエンドカンナビノイドシステム(ECS)を活性化する働きがあるとされています。
ECSとは、ストレスや不安、炎症、睡眠などに関わり、心身のバランスを保つために働く生体調整機構で、私たちの神経系や免疫系など広範囲に分布しています。
ECSがドーパミン系に影響を与えることは2018年の研究で示されており、ECSに作用するCBDが間接的にドーパミンの調整に関与する可能性も考えられています。
このような間接的な作用を通じて、CBDがADHDの症状に何らかの影響を与えるのではないかと考えられていますが、現時点ではあくまで仮説にとどまっており、科学的に証明されているわけではありません。
現状のCBDのADHDに対する研究とレビュー
前述のとおり、CBDのADHDに対する研究はまだサンプル数が少なく、質の高いエビデンスが不足しています。
ここでは、現時点で報告されている代表的な研究やレビューをご紹介します。
2017年に行われた研究
2017年の研究では、成人のADHD患者30名を対象にパイロット型のランダム化二重盲検プラセボ対照試験が行われました。
この研究では、THCとCBDが1:1の割合で配合された口腔スプレー製剤「サティベックス(Sativex)」が使用されました。
参加者は無作為に、サティベックスを投与されるグループと、プラセボを投与されるグループに分けられ、約1年間にわたって経過が観察されました。
結果として、主要評価項目において統計的に有意な改善は認められなかったものの、多動性や衝動性の軽減、認知的抑制の改善といった副次評価項目においては、名目上の有意な変化が見られました。
ただし、これらの結果は複数の検定を調整した後には統計的有意性を失っており、あくまで予備的な所見と位置づけられています。
2020年のシステマティックレビュー

2020年のシステマティックレビューでは、CBDやナビキシモール(CBDとTHCを1:1の割合で配合した製剤)に関する精神疾患への有効性が検証されました。
このレビューでは、症例報告やオープンラベル試験、非ランダム化試験、ランダム化比較試験(RCT)など、複数の研究デザインが含まれています。
レビューの結果、CBDやナビキシモールを用いた治療は、ADHDなどの精神疾患に対して、中等度の推奨(グレードB)が与えられました。
一方、不眠症、不安症、双極性障害、PTSD、トゥレット症候群などについては、エビデンスが限られていることから、弱い推奨(グレードC)と評価されました。
ただし、これらの推奨は、対象となった研究の規模が小さいことや、研究の質にばらつきがあることなどを考慮し、今後の大規模かつ厳密な臨床試験によって検証される必要があるとされています。
このレビューは、CBDがADHDを含むいくつかの精神疾患において一定の効果を示す可能性があることを示唆するものの、臨床応用には慎重な判断が求められることを強調しています。
CBD以外のカンナビノイドのADHDに対する効果
ここまでは、CBDのADHDに対する効果や研究について解説してきましたが、CBD以外のカンナビノイドのADHDに対する効果はどうなのでしょうか。
ここでは、CBNやCBGといったCBD以外のカンナビノイドのADHDに対する効果を解説したいと思います。
CBNのADHDに対する効果
CBDと比べて知名度の低いCBN(カンナビノール)ですが、近年の研究により、ADHD症状との関連が注目され始めています。
2020年に発表されたイスラエルの研究チームによる横断的研究では、医療大麻を使用している成人のADHD患者59名を対象に、使用成分と症状の関係性が分析されました。
この研究では、患者の自己申告によるADHD症状(ASRSスコア)と、大麻に含まれる複数のカンナビノイドやテルペンの摂取量との関連が評価されました。
その結果、CBN(カンナビノール)の摂取量が多い患者ほど、ASRSスコアが低く、ADHD症状が軽減されている傾向が見られたことが報告されました。
興味深いことに、この傾向はTHCには見られず、CBNに特有の関連として浮かび上がっています。
また、CBN高用量群は、ADHD治療薬の使用を中止している割合も高く、不安スコアの低下とも関連していました。
これにより、CBNには不安軽減や注意力の改善など、ADHDに有益な作用がある可能性が指摘されています。
CBGのADHDに対する効果

CBG(カンナビゲロール)は「カンナビノイドの母」とも呼ばれ、THCやCBDなど他のカンナビノイドの前駆体となる成分です。
アメリカで長年にわたり医療大麻治療を行ってきたボニ・ゴールスタイン博士(Bonni Goldstein)は、CBGの可能性について言及しています。
彼女は、CBGがα-アドレナリン受容体に作用することに注目しており、これがADHDの症状緩和につながる可能性があると述べています。
実際にゴールスタイン博士は、ADHDを抱える子どもにCBGを使用した事例も紹介しており、症状の改善が見られたケースも報告されています。
ただしその一方で、一部の子どもではCBGによって逆に興奮が増したという報告もあり、すべての人に効果的とは限らない点を正直に述べています。
とはいえ、ゴールスタイン博士はCBGの安全性については高い信頼を寄せており、積極的におすすめしたいと述べています。
まとめ
ADHDは不注意や多動性、衝動性といった症状が見られる発達障害で、子どもから大人まで幅広く影響を及ぼします。
治療には主に薬物療法や認知行動療法が用いられますが、近年ではCBDといったカンナビノイドの可能性にも注目が集まっています。
CBDはADHD症状を和らげる可能性があるとされていますが、科学的に効果が証明されたわけではなく、利用には慎重な姿勢が求められます。
一方、2020年に行われたイスラエルの研究では、CBNの高用量摂取がADHDの自己評価スコアの低下と関連していることが示され、注目を集めています。
また、「カンナビノイドの母」とも呼ばれるCBGについては、ボニ・ゴールスタイン博士がα-アドレナリン受容体への作用を根拠に、ADHDの補助的選択肢としての可能性に言及しています。
ただし、CBNやCBGも研究途上であることから、使用する際は必ず信頼できる医療専門家と相談することが重要です。
参考文献
- Endocannabinoid modulation of dopamine neurotransmission
- Cannabinoids in attention-deficit/hyperactivity disorder: A randomised-controlled trial
- The therapeutic role of Cannabidiol in mental health: a systematic review
- Cannabinoid and Terpenoid Doses are Associated with Adult ADHD Status of Medical Cannabis Patients
- Getting to Know Cannabigerol (CBG) with Bonni Goldstein, MD

日本薬剤師研修センター研修認定薬剤師
日本臨床カンナビノイド学会認定登録師
所属学会:日本薬理学会、日本緩和医療薬学会、日本在宅薬学会、日本臨床カンナビノイド学会